とてもすばらしい詩を見つけましたので皆さんにもご紹介します。

高島 巌 著  『ボランティアの心』

もてるものが、もたないものにではない。
しあわせなものが、ふしあわせなものにではない。
もてるものも、もたないものも
しあわせなものも、ふしあわせなものも
ともに考え、ともに学び
ともに生活しあうことなのだ
ボランティアのはたらきは
最初
いわゆる奉仕活動として、はじまった
次に
社会連帯意識をもとにしての、地域福祉活動へと、その輪をひろげた
そして、いまやそれは
ボランティア自身が人間としての生き方を、しんけんに問い
なおす哲学にまで発展し高められた
つまり、ボランティアのはたらきは
だれかが、だれかに、どこかで、なにかをするだけではない
だれでも、どこでも、いつでも、できる「こころ」のはたらきなのだ
したがって
人間は、みなボランティアする権利をもっているのだ
学生も、社会人も、役人も、主婦も、老人も
そして、それは
人間だけに、ゆるされた、楽しき権利でもあるのだ
だれでも、どこでも、いつでもできる
「こころ」のはたらき
これが、ほんとうの意味での社会福祉への道
ボランティアへの道なのだ
この道には
はじめはあっても、終わりはない
いつまでも、どこまでも
つづいていく道なのだ


皆さん、如何でしたか? 高島 巖さんは、
1898‐1976
昭和時代の社会事業家。
明治31年4月4日生まれ。大正13年中央社会事業協会に勤務。
昭和14年児童擁護協会常務理事、子どもの家学園園長となる。母子保護法の制定、戦災孤児援護、ボランティアの養成に力をつくした。
昭和51年5月8日死去。78歳。兵庫県出身。

ボランティア活動は人間だけに許された楽しき権利である

ボランティア活動は、日本では1970年代以降急速に注目されはじめ、超高齢社会になる21世紀には国民の過半数が参加する活動になることが求められています。
ボランティア活動は、社会福祉、自然保護、国際貢献、社会のあり方や人間の生き方に関わっても問われはじめた活動になってきています。
日本でのボランティア活動は、青年から始まり、女性、高齢者へと広がり、いまではサラリーマンにも求められるようになりました。今日では、“困っている人のために行う”というよりも、自らの生きがい、精神的充足、自己実現を求めて行っている人が増えていますし、社会をよりよくしていくための連帯活動として行っている人も増えてきました。

(高島巌 著『いのちを愛する−ボランティア読本3』より)
NHK学園ボランティア論テキストより抜粋

長年養護施設を経営されてきた高島巌 さんの詩「ボランティアの心」が、ボランティアの捉え方の変遷をよく表しています。この詩は、てとろのスピリッツの原点でもあります。

今後もてとろは、困られている方の生活支援のボランテイア活動を継続拡大していこうと考えています。

ボランテイアさんを募集しています!皆さんも、是非ボランテイアさんに登録してくださいね。

 

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